The Beauty of Yoshida-sanso
  建築お部屋庭園

 
 
 
「紅萌ゆる丘の花・・・・」三高寮歌に歌われ、東山三十六峰の一つとして親しまれる、京都、吉田山。その中腹に位置する吉田山荘は、昭和天皇の義理の弟君、東伏見宮家の別邸として昭和7年に建てられました。戦後、その壮麗な姿のまま料理旅館となり、御宿泊や御宴席、京料理はもちろん、お散歩の途中にお茶をお楽しみ頂けるティーサロン 真古館(しんこかん)や、季節ごとのイベントなど、文化的な催しも多数行い、多くの方々の御賞賛をいただいております。
 
 




「裏菊紋」
  
    吉田山荘の玄関  
   
 玄関左手ステンドグラス 
直弧文鏡(ちょっこもんきょう)の背面文様


 壁面に埋め込まれたステンドグラス
 
ステンドグラス

当山荘の玄関左手の丸いステンドグラス
(直弧文鏡(ちょっこもんきょう)の背面文様)や、応接間や花の間に見られるステンドグラスは、古墳時代の銅鏡の背面文様が原形でございます。
 
 この銅鏡は明治18年に奈良県の新山古墳(広陵町大塚)から出土したもので、古墳時代前期(4世紀頃)のものと思われます。現在は宮内庁に所蔵されており、直線と弧線を複雑に組み合わせた文様ということから「直弧(ちょっこ)(もん)(きょう)と呼ばれおり、古墳時代前期〜中期(4〜5世紀)の出土品にしばしば見られるものです。新山古墳からは、このような文様がつけられた銅鏡が3面出土していますが、鏡にこのような直孤文をつけた例はあまり無いそうでございます。
 当山荘のステンドグラスの場合は、同心円状の中間部に内向きに弧を連ねた「(れん)()(もん)」(又は「内向(ないこう)()(もん)」とも呼ばれます。)が巡っており、中央部の紐掛けの突起の周囲にも四葉形の座(「四葉座(しょうざ)」)があり、最もデザインに優れているものとされております。外側と、内側の一部の文様帯が、片仮名の「フシミ」にも通じることから、ステンドグラスに採用されたものと思われます。

 



建築

  

表唐門


吉田山荘の建物は、東伏見宮別邸として建てられた「和」と「洋」が見事に組み合わされた文化財的な存在といえます。建物の外観は総桧造りで重厚な存在感にあふれ、屋根瓦には御皇室ゆかりの「裏菊紋」があしらわれており、「和」の情緒を感じさせてくれます。そして内装ではフシミ(伏見)とも読み取れるステンドグラスや、簡素な書院造りのお部屋があり、オリエンタリズムとモダニズムが融合している空間になっています。

皆様がおくぐりになられました表唐門は、宮大工棟梁で文化功労者の西岡常一(にしおか・つねかず)氏により1932年に建てられました、京都市内で唯一の作でございます。威風堂々とした立ち姿は、元宮家別邸である高貴で瀟洒、且つ重厚感溢れる本館への入り口にふさわしく、氏の業と智恵を余す所なく今に伝えるものとなっております。

名匠・西岡常一氏略歴のご案内 
  
 


 
夕暮れときの吉田山荘
 
 
 
 

お部屋

吉田山荘の玄関をお入り頂いてすぐの洋間では、絵本作家ケイト・グリーナウェイの作品展示を常設しており、ご覧いただけるようになっております。(くわしくは「文」のページへ)そこから、「松の間」「竹の間」「月の間」と続くこれらの間は、昼はご婦人方の同窓会やお茶会など社交の場として、夜は殿方の社交の場として使われております。その奥には「南天の間」「黄金の間」があり、小人数の御宴会や御夫婦連れの御宿泊の間がございます。そして2階には書院造りの「寿の間」(元は宮様の書斎でした。)があり外国の方にも人気がございます。また、スンドグラスのある「福の間」や、テラスのついた「花の間」とお部屋がございます。東山連峰や京都大文字などが格別な景色でご覧頂けます。

   
玄関の照明器具(吉祥紋様)


黄金の間

月の間


花の間


福の間


「離れ」
 

「離れ」は吉田山荘の庭園の中に名木北山杉をもって建てられ、格調の高い造形美をみせる数奇屋風建物です。また、テラスからは大文字送り火の「大」の字をご覧頂けます。京情緒を心ゆくまでご満喫下さいませ。

        
さつき(離れ)



  
   初夏のさつき・つつじ

  
   秋の庭園の様子

庭園

春は桜、初夏はさつきやつづじが美しく、京都の四季をすべてあらわしたように感じられる吉田山荘の庭園では、野鳥もときどき舞い下りて、静かな気分にひたって頂けます。またコンサートやお茶会なども開催し、皆様の憩いの場としてご利用頂いております。




吉田山荘の紋の入った浴衣




//////* 目次 *御予約・料金表
copyright (c) Yoshida-sanso all right reserved
2006